広島陸軍被服支廠とは



構造

断面イメージ
断面イメージ

 外観はレンガ造りですが、実際は壁のみがレンガ造りで、床・天井・屋根・柱はRC(鉄筋コンクリート)のラーメン構造(柱が梁と剛接合された構造)という、2つを併⽤した構造となっています。また、外観は2階建てですが実際は3階建てになっている建物でもあります。

 1923 年の関東⼤震災をきっかけに、レンガ造は揺れに弱く、⽊造は⽕に弱いことから、RCに注⽬が集まるようになり、震災後には庁舎などの重要施設や⾼級住宅にRCが使⽤されるようになったのです。

 このことからもわかるように、RC が使⽤された国内最古級の建物であり、⽇本における建築史の上でもとても貴重な史料であるといえるでしょう。

 レンガ壁の厚さは約60cmもあり、爆風にも耐えることができる強靭な対爆構造になっています。

 建築家の橋本秀夫⽒(1922〜1998)は、1997年1⽉発⾏の『建築⼠ひろしま126号「蘇る旧広島陸軍被服⽀廠」』の中で、「佐野利器の耐震学説によるラーメン構造とコンクリート杭を導入し、米国製異形鉄筋等を採用した学術的にも優れた構造物」と述べています。

※佐野利器(1880~1956):日本の建築家、建築構造学者であり、東京帝国大学教授、日本大学教授、清水組副社長を歴任。1906年には、サンフランシスコ大地震の被害調査のため、アメリカに出張した。


レンガ壁に見られる亀裂

レンガ壁に見られる亀裂(3枚とも、河口悠介撮影)
レンガ壁に見られる亀裂(3枚とも、河口悠介撮影)

 1921 年8⽉8⽇、広島陸軍兵器⽀廠の⽕薬庫で、⼤規模な爆発事故が起こりました。この事故で兵器⽀廠の第9兵器庫が消失し、作業員も8名が亡くなり、付近の⺠家も全焼するほどの⼤きな被害をもたらしました。その被害は600mほど離れた広島陸軍被服⽀廠にまで及んでおり、衝撃波によって地動波災害と建物不同沈下が⽣じ、レンガ壁の⾄る所に⻲裂が⼊りました。

 このことは、橋本秀夫⽒による調査で明らかになっています(1997年1⽉発⾏『建築⼠ひろしま126号「蘇る旧広島陸軍被服⽀廠」』より)。